印度の伝統医学「アーユルヴェーダ」
このページでは古代インドの医学、アーユルヴェーダについて詳しく解説します。看護師や作業療法士、理学療法士の方などは、こちらを参考に伝統医学の知恵を日常のケアに活かす方法を検討して頂ければ幸いです。
アーユルヴェーダの医学的効能は!?
病気にならない身体をつくるという予防医学の観点を重視しており、身体の中に余分なもの、害をなすものを入れず、万が一入ってしまった場合はそれを浄化するという方法を取ります。
また、漢方医学でも知られている医食同源の考え方を持っており、身体の健康状態に合わせて食べ物を取捨選択していくなど、現代の健康管理に通ずる部分を多く持っているのも特徴。
古来からの手法といっても、これがなかなかどうして、決して軽く見られるようなものではないのです。
アーユルヴェーダを単に怪しげな健康法と軽んじている人もいますが、決してそうとばかりは言えません。これから、その片鱗をお伝えしたいと思います。 たとえばアーユルヴェーダでは、人の性質をカパ体質・ピッタ体質・ヴァータ体質と分けており、これらの特徴を簡単に示すと以下のようになります。
■カパ体質
落ち着きがあって献身的かつ慈愛あふれる人とされる反面、保守的・鈍感・大雑把といった短所も持っています。身体的には体力・持久力がある一方で、だるさを訴えやすかったり鼻水・鼻づまりに悩みやすいといった特徴があるそうです。どちらかというと小太りな体格の人が多いと言われます。
■ピッタ体質
知的・情熱的・勇敢といった長所が挙げられることが多いです。短所としては見栄っ張りで完璧主義、ともすれば破壊的性格で怒りっぽいという面があります。身体的にはよく食べ、便秘とは無縁、一方で皮膚疾患や胸焼け・下痢に悩まされやすいそうです。中肉中背であることが多いと言われています。
■ヴァータ体質
快活で理解力・想像力に優れます。その反面、衝動的な性格で不安・緊張状態に陥りやすい面があるそうです。身体的な特徴としては、疾病・傷の治癒が早いというメリットがある一方、便秘や腹部膨満、皮膚の乾燥や不眠になりやすい傾向も。体格はのっぽでやせ型になることが多いそうです。
こうしたアーユルヴェーダの概念を基に、富山県国際伝統医学センター次長の上馬場先生がまとめた調査結果を見ると、実に面白い傾向が読み取れます。
この調査では、まず194名の成人男性を性格的な特徴からカパ・ピッタ・ヴァータの3つの体質に分類。その後、各体質のグループごとに体脂肪率を計測したところ、平均のBMI値はカパ体質の人が22と少し高く、ピッタ体質がそれより僅かに低い程度、そしてヴァータ体質の人は20を割り込んだのです。 これは、温和だけど少し保守的なタイプ(カパ体質)の人には小太りの人が多く、知的だけど少し怒りっぽいタイプ(ピッタ体質)の人は平均的な体重であることが多く、活発だけど少し精神が不安定なタイプ(ヴァータ体質)の人には痩せ型が多いということ。
つまり、“人間の性格と体格には一定の相関関係がある”というアーユルヴェーダの概念は、ある程度科学的な根拠を持つ考え方だったんですね。
ちなみに最近、米国疾病対策センターが260万人を対象にして行った調査で、「小太りの人(カパ体質)が一番長生きする」という衝撃的なデータを公表しましたが、これもアーユルヴェーダで大昔に言われていたとおりなのです。 カパ体質の人は、温和で何事にもストレスを溜めこまない性格をしていますので、これが長生きに繋がっているという事でしょうか。 現代の知識からすればストレスと病気発症率・寿命の因果関係は明白とされていますが、このように心理的要因が病気・体調に影響すると言われるようになったのは最近のこと。 でも、アーユルヴェーダでは紀元前の時代から、そのことに気づいていたことになります。 実際、古代インドでは美しい風景を観賞したり、花に囲まれて暮らしたり、前向きな恋愛をするといったストレス発散が、直接健康維持に役立つことが知られていたというのだから驚きです。
これらを総合して考えるなら、世界に先駆けてメンタルと健康の因果関係に気付いたのは古代インドということになりますね。
また、古代インドの医師は、アルカロイドやレセルピン製剤を抽出できる植物の根を、アーユルヴェーダの施術に用いていたことも知られています。 アルカロイド類は、マラリアの特効薬として知られるキニーネや、鎮痛剤のモルヒネなどを含む薬品群。レセルピンは、血圧降下や精神安定に用いられる医薬品で、アルカロイド類と同じく現代医学に欠かせない物です。
これを、紀元前の古代インド時代から使用しいていたというのですから、驚くしかありません。 そう、アーユルヴェーダには現代の水準でみても充分に納得がいく、医学知識が含まれているのです。
伝統的なアーユルヴェーダの施術法
アーユルヴェーダには人体5層論という考え方があり、人間は“5層の鞘”と“3つの身体”によって構成されているとされています。
これ自体は儀式的というか、古代インド文化の影響を多分に受けているため、現代人からすると何を言っているのか分かりにくいですが、アーユルヴェーダの大元となる考え方ですので、ひとまずは知っておきましょう。それではまず、以下をザッと読んでみて下さい。
■原因の身体(カーラナシャリーラ)
人間の“身体”を構成する基礎になるもの。1つ下の“微細な身体”へエネルギーを送っており、歓喜の鞘というものから構成されています。日本的に分かりやすく表現すると“魂”のようなものでしょうか。
■微細な身体(スークシュマシャリーラ)
1つ上の“原因の身体”からエネルギーを受けとって活動するもの。この“微細な身体”が力や刺激を送ることで、1つ下の“粗大な身体”が動いているとされています。現代風に解釈すると、肉体を動かす“頭脳”みたいなものでしょうか。意識鞘・理知鞘の2つから構成されていると考えられています。
■粗大な身体(ストゥーラシャリーラ)
これが一般的にいう肉体のことで、これ自体は操り人形のように“動かされる”部位と考えられています。食物鞘・生気鞘の2つから構成されていますが、古代インド人の発想では、この肉体自体は割とどうでもよい物と捉えていたらしく、それが“粗大”な身体という呼び名に反映されています。パソコンの本体と、モニターの関係みたいなものでしょうか。いつも皆の目に触れているのはモニターだけど、これはパソコンの本体が無いと何の役にも立ちませんからね。
このように5層の鞘・3つの身体が関連し、まず意識が存在した上に末端である肉体が作り出されているといった考え方がアーユルヴェーダの基本。
もちろん、これ自体はやや神話的な側面があることを否定できませんが、漢方と同様に身体全体を診て健康維持がなされるべきであるとする態度は、こういった意識優位の考え方に立脚しているのかもしれません。 そしてアーユルヴェーダでは、この身体にヴァータ・ピッタ・カマという3つのエネルギーが影響を与えており、そのバランスが崩れた状態を病気と呼んでいるわけですね。
つまりアーユルヴェーダにおける病気の治療は、余分なエネルギーを浄化して、崩れたバランスを元に戻すこと。現在でいう解毒・デトックスが治療の基本となります。
《アーユルヴェーダの治療》
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■前処置(プールヴァルカルマ)
アーユルヴェーダでは毒素をアーマと呼びますが、そのアーマを消化させるための前処置としてアーマパーチャナといったものがあります。他に、頭部を浄化するシローダーラー、熱したオイルで全身をマッサージするピリツィル、薬膳のように生薬を接種するナバラキリなどが行われます。
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■中心処置(プラナーダカルマ)
消化器官の浄化を目的としてヴァマナという催吐法が用いられたり、下剤としてヴィレチャナを投与する、バスティという浣腸法などを行います。他にも点眼・点鼻薬などを用いて毒物を洗い流したりといった、体内を浄化するための処置が中心です。
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■後処置(パシュチャートカルマ)
食餌療法として行われるシャマナ、生薬・鉱物などの薬品を摂取するラサーヤナなどが行われます。
これらをまとめると、まずマッサージ・健康食などで毒を排出する準備をした後に、本処置として強力なデトックスを行う手順。後処置として健康を維持するために食餌療法・薬物治療を行っていくという方法論になります。
この流れそのものは、現代医学の感覚から見ても特に違和感のない内容といえるでしょう。
現代のアーユルヴェーダ
さて“古代インドの儀式的な部分”と“医学としての現実的な側面”を併せ持っているアーユルヴェーダですが、ここでは現代医学にも生かせる実践的な部分について見ていきましょう。 実際、東京都の聖路加看護大学では「ケアに生かすアーユルヴェーダ」と称したワークショップを開催したことがあり、アーユルヴェーダを現代看護学に活用しようと試みているのです。 インド大使館の後援と、WHOプライマリケア看護開発支援センターの協力を受けた大々的なワークショップであり、多くの参加者がいたそうです。
さて、普段のケアに生かせそうなアーユルヴェーダの筆頭格といえばインド式のオイルマッサージでしょう。以下に代表的な2つのマッサージ部位と方法、効能をまとめますので参考にしてください。
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■頭部~頭頂のマッサージ
髪の毛を洗うようにして、指先で頭皮を刺激するマッサージです。髪の生え際あたりから側頭部、首までを指をクルクルと回しながらマッサージしていきましょう。最後に頭頂部のアディパティマルマという箇所を刺激します。マルマというのは、インド医学におけるツボのことです。 眼精疲労や不眠症を緩和する効果があります。
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■顔~耳~額のマッサージ
耳の軟骨部分と耳たぶを揉んで、その後に眉間を中心とした額をマッサージしていきます。眉間のところはスタパニーマルマと呼び、リラックス効果があるのです。メラトニンというホルモン分泌を促すと言われており、医学的にも効果が見込めるという主張もあるようです。
次に、薬膳のような医食同源の観点から注目されているアーユルヴェーダ料理について紹介したいと思います。
ただ、あまりに本格的なものを作ろうとすると現代栄養学と衝突してしまう可能性も…。そこで、こちらではアーユルヴェーダのエッセンスを取り入れた薬膳的メニューを挙げたいと思います。
まず、アーユルヴェーダ料理に使われる代表的な油としてはギーがあります。これについては作り方を覚えておいても良いでしょう。 まず無塩バターを弱火で溶かし、さらに加熱していくと次第に沸騰して泡だちます。そのまま弱火で熱すると、次第に黄金色になっていき、ポップコーンのように香ばしい匂いがしてくるはずです。この状態になったら火を止めて、こし紙で濾過しましょう。 その濾液がギーというものです。 食事に数滴垂らすことで健康に良いとされている他、インド式オイルマッサージに使うオイルとしても利用されているそうです。 例えばバターの代わりにギーを用い、ガラムマサラ・コリアンダー・クミン・カルダモンといったスパイスを調合してカレーを作れば、それは立派なアーユルヴェーダ料理。発汗を促すことでデトックス作用も期待できますし、余分な脂質・塩分を落として作られていることから健康維持にも良い効果をもたらすでしょう。
このように出来るところから取り入れるのが、現代のアーユルヴェーダだと思います。
これらを直接患者さんに提供するのは難しいかもしれませんが、まずは患者さんとのコミュニケーションに生かしつつ、健康相談に応用してみるだけでも良いでしょう。 それに加えて、治療に不安を感じているような人にはリラックス効果のあるマッサージ方法を教えたり、生活習慣病の人にローカロリーなアーユルヴェーダ料理を教えてあげたりすれば、きっと役に立つはずです。